| 当山の縁起 | ||
| 当山のフルネームは定林山(じょうりんざん)能成護国禅寺といいます。普通は能成寺(のうじょうじ)と呼んでいます。臨済宗(禅宗)妙心寺派に属します。武田家甲府五山の一つです。 貞和年間(1345〜1349年・南北朝時代)、今から650年ほど前、現在の八代町北に創建されました。開山は名僧・業海本淨禅師(ごっかいほんじょうぜんじ)、開基は甲斐守護武田信守公(能成寺殿勇山健公大居士)です。信玄公の時、府中西青沼(現在の甲府市宝町)に移され、さらに文禄年間(1592〜1595)の甲府城築城のおり現在地に遷されたと伝えられています。嘉永4年(1851年)に焼失。その後復興しましたが昭和20年(1945年)の甲府大空襲で再び伽藍を焼失してしまいました。昭和25年、仮本堂兼庫裡建築。昭和61年春、本堂新築。引き続き平成3年書院、平成9年庫裡を再建しています。 ご本尊は創建時三尊阿弥陀如来(安阿弥作)、現在はお釈迦様です。また、富士山大息合血縁地蔵尊を奉安しています。参道には芭蕉翁の「名月や池をめぐりて夜もすがら」の句碑や宿龍池の碑、本堂北の岩山には能成寺之碑、弁財天碑など境内には多くの碑があります。また、大野九郎兵衛(播州赤穂淺野家家老)と伝えられる墓地や勤皇篤学者の吉川新助の墓もあります。寺域は縁深く往古の姿をとどめる大石垣からの展望は絶好です。甲府駅からゆっくり徒歩で約20分、近くには東光寺、善光寺、酒折宮など名所旧跡も多くハイキングコースとしても適しています。甲斐百八霊場五十七番礼所となっています。寺宝として信玄公制札、加藤光奉公禁制、四奉行寺領覚等を蔵しています。 |
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| 山門 | 芭蕉翁の句碑 | |